■乳がん治療からの復帰

乳がん術後の回復について知ろう!

乳がん手術を受けることはあなたにとって初めてのことの連続で、いくら用意を周到にしたつもりでも戸惑うことばかりでしょう。思ったとおり大変だったという方もいれば、予想したよりも楽だったという方もいます。そこで手術直後の麻酔が覚めた状態から、術後の回復、そして退院、社会復帰に至るまでを事前に知っておきましょう。

1.手術が終わって麻酔から覚めたら、私はどのような状態でいますか?

目が覚めたらあなたはリカバリー(回復室)のベッド上にいます(病院によっては直接病室に帰ることもありますので、手術前に医師または看護師に尋ねておきましょう)。麻酔から完全に覚めて、出血の恐れがなくなるまでは、食事をとることもトイレに歩くこともできません。そのため腕には点滴用チューブが、膀胱には尿を出す管が挿入されています。あなたの身体にこうした管がまとわりついていることを不快に感じるでしょう。しかしその大切さを理解してください(図8―1)。
意識 手術後、数時間は全身麻酔の影響でもうろうとした感じがします。硬膜外麻酔ならば意識ははっきりしています。
呼吸 全身麻酔では喉にチューブを挿入するため、喉の痛みを感じるでしょう。呼吸を補助するために酸素マスク(または鼻に酸素チューブ)が装着されています。痰がつまって苦しいときには看護師を呼びましょう。硬膜外麻酔のときは喉の痛みや苦しさはありません。
心電図 あなたの胸部に貼ってあるシールは、あなたの心電図を看護室(ナースステーション)から看視するためのものです。決して外してはいけません。
静脈留置針 腕には水分、栄養、薬剤を投与する目的で点滴用の管が付いています。これは食事がとれるようになるまでのいわば命綱です。食事が十分にとれるようになった時点で抜去します。
尿道カテーテル 尿道には尿を体外に出す管が挿入されているため、常に尿をしたいような不快感があるでしょう。しかし勝手に抜いてはいけません。あなたの腎臓が正常に働いているか、点滴量が十分かを判断するために、尿量を測る必要があるのです。 傷はガーゼで被われており、ドレーン(浸出液を排出するためのチューブ)が脇の下と傷口に挿入されています。 痛みや吐き気 痛みは我慢してはいけません。呼吸が浅くなり術後の合併症が増すとともに、体力を消耗し回復が遅れるからです。吐物が喉に詰まることも危険です。
痛みや吐き気を強く感じたときはあなたの手に握らされているナースコール(ブザー)ですぐ看護師さんを呼んでください。
            麻酔からさめた時の状態(図)
                        図8-1 麻酔からさめた時の状態

2.手術後いつから起きて歩けますか?

昔は一週間も寝たきりというのがざらでしたが、今では早期の離床(自立してベッドから離れること)を目指します。しかし、やみくもに起き上がっては危険です。医師と看護師が次のようなクリニカルパス(回復計画表)を事前に渡してくれるでしょう。回復度を順番に確認しながら離床します。
① 意識状態を調べ、麻酔から覚めていることを確認します。
② 血圧や体温を測ります。
③ 採血をして貧血が生じていないことを確認します。
④ 創部に血が溜っていないか確認します。
⑤ 電動ベッドの頭部を徐々に挙上します。
⑥ 少しずつ飲水を開始します。
⑦ お小水の管を抜いてトイレ歩行をします(歩いてみてから管を抜くこともあります)。
⑧ 点滴の針や硬膜外麻酔の管を抜きます。
途中で吐き気や気分不快が生じたときは、すぐにベッド上安静とし最初からやり直します。この回復プログラムは、一泊以上の入院のときは翌朝から、日帰り手術のときは術後数時間後から始めます。

3.いつ退院できますか?

身の回りのことをすべて自分でできて、投薬や処置の必要もなければ、あなたは自由の身です。退院するも入院を続けるもあなたの自由です。
食事
 食事がとれなければ退院できません。通常、手術翌日になれば飲水しても吐き気がなく、食事も可能です。
痛み 硬膜外麻酔や鎮痛薬の注射が必要なうちは退院できません。通常、手術翌日になれば飲み薬や坐薬(お尻から入れる薬)で痛みを抑えることができます。
 傷の処置が毎日必要なときは退院できません。通常、傷は24時間で完全に閉鎖され、消毒しなくとも菌が侵入することはありません。滲出液がなければガーゼも必要ありません。傷の処置が毎日必要なときは何か問題があるかもしれません。
抜糸
 通常、抜糸は術後一週間で行われます。抜糸は外来でもできますので、抜糸のために入院を続ける必要はありません。最近では糸の代わりにテープを張ることもあり、このとき抜糸はありません。 休息・体力の回復 手術という一大事を終えたばかりのあなたは疲労感を感じるでしょう。元の生活に戻るためには無理は禁物です。あなたにとって楽な方法を選びましょう。あなたが病院にいることで安らぐのなら、いつまでも入院していていいのです。しかし、自宅に帰ったほうが安らぐのなら、すぐに退院してもいいのです。
ドレーン
 ドレーン(リンパ液が溜まらないように脇の下に入れた管)がすぐに抜けないと入院期間は数週間になります。ドレーンが抜けない理由は腋窩リンパ節の郭清のせいです。早期退院を希望する場合は、脇の下のリンパ節を取りすぎないように術前に注文しましょう。

4. 手術結果の説明はいつ聞けますか?

手術が終了した直後、医師は摘出した組織を見せながら手術の結果について説明をしますが、あなたはその時点で麻酔からまだ完全に覚めていないため、家族が代わりに聞きます。あなたは翌日以降に説明を受けることになりますが、この時点では肉眼的な情報しかありませんので、詳しい説明は検査結果が出てから聞きましょう。通常は数週間かかりますので、回復が早い人は退院してから結果を聞くことになります。 主治医は手術で取った組織を病理検査に出します。病理医が組織から標本をつくり、顕微鏡でよく観察して病理検査報告書を作成します。報告書は英語を交えて記載しているため、患者さんには判読困難ですが、主治医がその内容をわかりやすく説明してくれますので、必ずコピーをもらいましょう(表8―1)。この報告書さえあれば、あなたはいつでもセカンドオピニオンを受けることができます。

乳がん治療、乳房再建 、セカンドオピニオン
5.家に帰ってから注意することはありますか?

あせらず恐れず一歩ずつ社会復帰していきましょう。社会復帰には入院期間の倍の時間がかかると思ってください。入院期間が長ければ社会復帰もそれだけ遠のくのです。 家に帰ろう どんなに病院内で自由に動けるようになっても、それはあなたの復帰すべき社会ではありません。可能であるのなら退院して家に帰りましょう。身の回りのことを自分でしよう 日常に戻るための機能訓練をリハビリと言います。運動機能に関する後遺症がない限り、病院でリハビリを受ける必要はありません。自分の身の回りのことを自分でする、それがリハビリです。 入浴しよう わが国では抜糸が終わるまで入浴させないことが多いのですが、傷の治りを考えればナンセンスです。昔から「湯治」と言います。入浴したほうが傷の治りがいいのです。ドレーンが抜けたらその翌日からシャワーが可能です。傷口から滲出液が出なくなったら肩まで入浴しましょう。外に出てみよう 今まで何でもなかったことがとても億劫になったり不安に感じたりします。混雑した電車に乗ることや買い物に行くこともその1つです。不安なときは家族や友人に付き添ってもらって外出してみましょう。 仕事に復帰しよう 今までどおり仕事ができるのか不安に感じることもあります。あなた自身の能力の問題より、周囲の反応が気になることもあるでしょう。もしあなたが仕事に生きがいを感じるならば、周囲の人に協力を求めながら仕事に復帰しましょう。スポーツや旅行を楽しもう 自分の身の回りのこともできないのに、いきなりスポーツや旅行をすることはできません。しかし、主治医の許可が出たら恐れずトライしてみましょう。きっと気分転換になるはずです。 タバコをやめよう あんなにヘビースモーカーだったあなたが入院中は一本もタバコを吸いませんでした。その理由は、病院は禁煙だったから、医師が吸わないようにと言ったから、身体に悪いと思ったから、乳がんになったのはタバコのせいだと思ったから、身体が受け付けなかったからなどなど。理由はともかく今のあなたはタバコを必要としていないことは確かです。そして禁煙はがんの罹患率や術後の合併症を減少させることが明らかになっています。これまで酷使してきたあなたの身体をいたわる意味でも禁煙を継続しましょう。家族の方は患者さんの前で喫煙してはいけません。

                   表8-1 病理組織検査報告書を読もう

病理組織検査報告書にはあなたの乳がんの正式名、危険因子、きちんと取れたかっといった情報が英語で書かれています。主な記載内容についてここでしょうかいします。
病理組織検査報告書を読もう(図)

6.社会復帰の際に困ったことがあれば誰に相談したらよいのでしょうか?

医療として行われる身体的ケアに対して、患者さんの精神面や社会生活に対する援助を心理・社会的ケアと言います。心理・社会的ケアを受けた患者さんは生存率が高くなるという結果が出ました(信頼度1)。よって提供者を問わず心理・社会的なサポートを促進・奨励すべきです。 精神科医 うつ病や不安神経症、不眠などの疾患を早期診断し治療します。心理療法士 患者の悩みに耳を傾け、心の安らぎを得る手助けをします。削除 ソーシャルワーカー(ケースワーカー) 社会福祉の専門家として医療機関や老人保健施設、在宅介護支援センターに勤務し、経済的、社会的、心理的な問題を解決します。がん専門看護師 乳がんに対する専門的知識と経験を生かし、患者さんの要求に応え医療の質の向上を図ります。がん専門看護師の援助により、がんおよびその治療に対する不安、抑欝が減少することが科学的に証明されています(信頼度1)。乳がん術後用の下着メーカーや、身体に装着できる乳房プロテーゼ(シリコン製の人工乳房)のメーカーを紹介してくれます。 医療コーディネーター 医師と患者間の様々な問題を解決して、あなたの望む医療を実現してくれます。家族・友人 患者に付き添い代理人として医師と交渉し、入院予約や交通手段の手配をし、家事や仕事の肩代わりをします。 乳がんのサポートグループ 乳がん生存者が効果的なサポートを与えてくれます(信頼度4)。

ワンポイントアドバイス
(硬膜外麻酔とは?
近年、乳がん手術に全身麻酔と同時に、または単独で硬膜外麻酔が行われています。
① 硬膜外麻酔とは脊髄麻酔ですか?
脊髄麻酔は盲腸のときに行われる中枢麻酔で、脊髄神経をブロックします。硬膜外麻酔は末梢の知覚神経だけをブロックするので局所麻酔の一種です。安全なため無痛分娩に使われたり、四十肩の治療にペインクリニックの外来で行われたりします。
② 硬膜外麻酔はどのように行われますか?

背中に局所麻酔をして、細い管を挿入します。そこから局所麻酔を注入すると胸の痛みが取れます。術中何度も繰り返し使用できます。術後は次の日まで局所麻酔薬を少量ずつ持続で注入することによって、痛みを予防します。全身麻酔よりも安全で、身体に負担がないので、日帰り手術にも適しています。

ワンポイントアドバイス
(デイサージャリーとは?
現在、アメリカでは乳がん手術の80%が日帰りで行われています。手術といえば長期入院が当たり前のわが国では信じられない方も多いと思いますが、じつは先進国ではデイサージャリー(day surgery)と呼ばれ、長い歴史があるのです。「日帰り手術」と翻訳されていますが、その定義は「23時間以内の退院」を差すため、正確にはデイサージャリーは「日帰り・一泊手術」となるでしょう。
① 長期入院のデメリット
なぜ日本ではいまだに長期入院なのでしょう。入院できると安全で痛みも少なく安心というイメージがあるからです。でもその陰で長期入院は患者さんに「肉体的、精神的、時間的、経済的」負担を与えていることを忘れてはいけません。 肉体的負担 合併症が増加します。同じ病室の誰かが感染症を持っていれば、あなたにも感染します。これを「院内感染」と言います。抗生物質が効かない危険な菌や、肺炎のウイルスのこともあります。また長期間の寝たきりは肺炎、心不全、運動機能の低下、認知症(痴呆)の原因となります。精神的負担 あなたは夫や子供、そして会社やペットにとってなくてはならない人で、長期入院することは彼らにとって大きな負担となります。そのことがあなたにも精神的負担となります。 時間的負担 本来、医療は早期社会復帰を目的としているはずなのに、入院が長引くほど早期社会復帰が困難になります。経済的負担 入院費を含む医療費の負担が増加します。また仕事を休んだり辞めたりしたことの経済的負担はかなりのものです。
② デイサージャリーが可能な理由
考えてみてください。外科生検(しこりのくりぬき検査)もリンパ節生検も通常は通院で行われています。なのに、それらを同時にやる乳房温存術がなぜ何週間も入院させられるのでしょう?本当は通院で十分なのです。 乳房全摘術や乳房再建は一泊が必要です。手術当日はどこの病院でもベッド上安静です。点滴をとって、食事は禁止です。膀胱に管を入れられトイレ歩行も禁止です。しかし、翌日になると点滴とお小水の管は抜かれ、自分でトイレに行かなければなりません。自分で食事を取りに行って、自分で食べて、自分で片づけて、自分で歯を磨いて、そこまでできるのに入院している理由はあるのでしょうか。
③ デイサージャリーのための工夫
じつはデイサージャリーを可能にするために次のような工夫がされています。麻酔法 全身麻酔は完全に覚めるのに1日かかります。そこで無痛分娩に用いられる硬膜外麻酔法をお勧めします。これなら手術が終わればすぐ目が覚め、術後の痛みにも効きます。 手術法 優れた技術で丁寧な止血を行えば、術後のトラブルはほとんどありません。リンパ節郭清(完全に取ること)を行うと術後の合併症が増えます。センチネル生検と呼ばれる方法なら、診断も正確で合併症がほとんどありません。クリニカルパス 術後の回復を決まった手順で確認しながら、回復訓練をします。
④ デイサージャリーはあなたの選択です
もちろんデイサージャリーは強制ではありません。乳房温存の患者さんは術後ゆっくりと歩行訓練を行ったうえで入退院の意志を確認します。全摘術の患者さんは翌朝まで絶飲食・ベッド上安静とし、翌朝に退院するかもう一泊入院するかを確認します。ほとんどの方が退院を希望します。
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