遠隔転移を発見するための検診は意味がない!
がんには「浸潤」「転移」「再発」という性質があります。「浸潤」とは、周囲の組織に染み出すように広がることです。「転移」とは、がん細胞が血管やリンパ管を通って離れた臓器にがんをつくることです。「再発」とは、術後しばらくしてから、手術した場所や離れた臓器に再び現れることを言います。近くのリンパ節に転移する「リンパ節転移」に対して、離れた臓器への転移は「遠隔転移」と呼ばれます。手術した場所に再発する「局所再発」に対して、離れた臓器での再発は「遠隔再発」または「転移性再発」と呼ばれます。
局所再発 手術で取り残した乳腺組織に、同じタイプの乳がんがあとから出た場合です。前回取った場所に近いことが特徴です。 領域リンパ節再発(領域再発) 手術で取り残した同側の腋窩リンパ節転移があとから見つかり、離れた他の臓器に転移がない場合です。反対側の腋窩や首のリンパ節転移は転移性再発で、領域再発ではありません。遠隔転移や他のリンパ節転移と同時に腋窩再発したときも転移性再発です。
転移性再発 手術した乳房から離れた臓器に再発することです。乳がんの転移性再発の多くは肺、骨、肝臓、脳に生じます。「遠隔再発」とも呼びます。
異時多発 病理検査でタイプが異なるときは、再発ではなく、たまたま違うがんができたと判断します。
皮膚転移 遠隔転移の一症状として皮膚にいくつも再発したときは転移性再発で、局所再発とは呼びません。
反対側の腋窩や首のリンパ節転移 同側の腋窩以外のリンパ節転移は転移性再発(または遠隔転移)で、領域再発ではありません。
遠隔転移と同時に現れたとき 遠隔臓器や他のリンパ節の転移(どちらも遠隔転移)と同時に腋窩再発したときは転移性再発と見なします。
再発の種類によります。
局所再発 局所再発は取り残しによるものなので、遠隔転移がなければ、残った乳腺を全摘することによって再度の根治が可能です。
領域再発 乳がんが同側の腋窩リンパ節にとどまっていて、遠隔転移がない領域再発はそのリンパ節を追加切除することによって治癒することがあります。
転移性再発 遠隔転移はそれがたとえ1つでも、乳がんがすでに全身に広がったことを意味します。その部分だけを取っても他の場所に再発するため、延命にはなりません。ホルモン療法か化学療法(抗がん剤)が必要です。
局所再発の早期発見 局所再発率は手術法によって異なります。胸筋温存乳房全摘術ならば2%未満、乳房温存術は35%ですが、放射線をかけた乳房温存療法ならば10%、皮下乳腺全摘術・皮膚温存乳房切除術の局所再発率は胸筋温存乳房全摘術とほぼ同じと報告されています。
対側乳房における新たながんの発見 対側乳房の発がん率は通常の約3倍ですが、年0・75%(信頼度3)と決して多くはありませんが、通常の乳がん検診として行います。
遠隔再発の発見 遠隔転移を発見するための検査をしても生存率の向上にならないことが科学的に証明され、その意義は否定されています。遠隔再発率は乳がんの予後因子によって異なります(乳がんの補助療法参照)。
乳房温存療法後の局所再発は触診やマンモグラフィー、超音波検査で発見しやすく、乳房全摘術で治癒できる可能性があります。そのため主治医による定期的な触診と乳房自己検診をお勧めします。局所再発の可能性が高いのは次の場合です。
35歳未満 局所再発、遠隔再発、対側乳がんの危険性が高い(信頼度3)。
断端陽性 切り口または切り口近くにがんがあったとき。
乳房温存術 乳房全摘術よりも局所再発率が高い(皮下乳腺全摘術・皮膚温存乳腺切除術の局所再発率は全摘術と同等と報告されています)。非浸潤がん 広範な非浸潤がん、浸潤がんの周囲に非浸潤がんがあったとき(信頼度3)。
遠隔転移は根治不可能なため、どんなに早く発見しても早期診断にはなりません。そのため検診よりも補助療法による予防が大切なのです。遠隔転移を発見するための検査について次のような報告があります。
●遠隔転移発見の検査によって治癒率が影響されることはない(信頼度3)。
●
遠隔転移発見の検査は生存率およびQOL(人生の質)の向上に影響しない(信頼度1)。
●骨シンチ、肝臓の超音波検査・CT、肺のX線・CT、脳のCT
●MRI、腫瘍マーカーからなる遠隔転移発見の検査は避けるべきである(乳がん国際ガイドラインの勧告)。主治医が遠隔転移に対する検査を頻回に行う場合は、次の質問をしてください。
●この検査の目的は遠隔転移の発見ですか?
●遠隔転移は早期発見しても根治が不可能だというのは本当ですか?
●ということは遠隔転移の検査をしてもしなくても生存率は変わらないのですね?
●それなら遠隔転移の検査を受けなくてもいいですか?
局所再発は根治可能です。遠隔再発は根治不可能ですが、症状があるときは治療で改善できるので、我慢せずに主治医に報告しましょう。
手術部位や首にしこりを発見した場合 局所再発を疑います。
しぶとい痛みが続く場合 局所再発や骨転移を疑います。
咳や息苦しさが続く場合 肺転移やがんによる気道の圧迫を疑います。
めまい、目のぼやけ、頻回で重い頭痛、歩行障害などが続く場合 脳転移を疑います。
食欲不振や原因不明の体重減少がある場合 がんによる通過障害や栄養障害を疑います。こうした症状のほとんどは乳がんの再発とは関係ありません。しかし、日常生活が急に困難になるような場合や、あらゆる治療が効かない頑固な症状が3週間以上続く場合は主治医に報告し、正しい診断を得る必要があります。
乳がんの無料相談をやっていると次のような質問をよく受けます。「全摘をした胸の脇のあたりが術後半年してからピリピリ、チクチクする。主治医に聞いても、そのうち治るとしか言ってくれません。もしかして再発ですか?手術の失敗ですか?」術直後になかった痛みが現れたときに、主治医がきちんと説明をしてくれないと、不安が募ります。不安は痛みを倍増させます。じつはこの痛みは「回復徴候」といって、喜ぶべき徴候です。乳腺を全摘すると神経が傷つくため次のような経過をたどります。
疼痛期 術後3日から1週間は、傷口がズキズキします。痛み止めが必要です。
麻痺期 痛みが失せると、乳房の皮膚や上腕の内側、ときには背中のあたりまで、感覚が麻痺して自分の皮膚ではないように感じます。
回復期 術後しばらくすると、乳腺を切除したところと周囲の脂肪を残したところとの境目から神経が再生してきます。再生した神経は過敏なため、ちょっと触れてもピリピリ、チクチク、またはむず痒い感じがします。ちょうど正座をしていると足の感覚が麻痺しますが、足を伸ばすと今度は感覚が戻るときにビリビリと痺れて不快に感じるのと一緒です。これを「回復徴候」と言います。術後数カ月で現れる人も数年経って痛み出す人もいます。痛み止めの必要はありません。
完治期 神経の麻痺した範囲はだんだん狭くなり、ついに感覚が戻ります。ただし、神経を根元から切っているときは完全には戻りません。針を刺せば痛みは感じますが、冷たさは感じにくいでしょう。
乳がん・乳房再建コラム
月とホルモンの関係
テロメアの理論で、タバコを吸った人が咽頭がんや肺がんに、ウイルスや細菌に感染した人が子宮頸がんや胃がんになるのはよくわかりました。でも「私は太ってもいないし暴飲暴食もしない。むしろ身体には人一倍気をつけているのにどうして乳がんになったのでしょうか」と腑に落ちない人もいるでしょう。
それではクイズを1つ。狼男は満月の夜に変身します。なぜでしょう。
太古の昔、地球上のあらゆる生物は海に住んでいました。海には卵や子どもを襲う敵が多くいました。そこで陸地に上がって産卵をするようになりました。とはいえ海から陸地に上がるのは大変。そこで満月に目をつけました。満月のとき月は太陽と真反対に位置します。両方の引力が重なり合って「大潮」となり、水位が最も高くなります。つまり陸地に上がりやすくなるのです。そのため今でも地球上の多くの生物は満月のときに発情するのです。ヒトの月経も月の周期とほぼ一致しています。
月経をつかさどる女性ホルモンには2つあります。1つはエストロゲン。語源はエストラス(発情)で、「女らしさホルモン」です。排卵直前に分泌され、フェロモンを出して異性を引きつけます。また乳管(母乳を運ぶ管)上皮の増殖にかかわっています。
もう1つはプロゲステロン。語源はプロジェニー(繁殖)で、「母親らしさホルモン」です。小葉(母乳をつくる部分)を増殖します。月経前にバストが張って痛くなるのも、このせいです。
女性ホルモンは乳管や小葉を増殖させますので、月経のたびに上皮細胞が分裂増殖してテロメアが短くなり、がん細胞ができやすくなるのです。さらに乳がんも、乳腺と同様に女性ホルモンを栄養にして発育します。つまり女性ホルモンは発がん物質でもあり、がんの促進物質でもあるのです。
昔の女性は栄養状態が悪かったので初潮が遅く閉経が早く、しかも早婚で多産でした。
妊娠・授乳中は月経がないので、女性ホルモンを分泌している期間が短かったのです。
そのためがん細胞の発生・発育が少なかった。
しかし最近の女性は初潮が早く閉経が遅く、未婚・晩婚・少子化で、長い間月経が規則正しくあるので乳がんが多くなったのです。
閉経後乳がん
わが国の乳がんの好発年齢は40・50代。閉経後は女性ホルモンがなくなるので乳がんになりにくくなります。ところが欧米では閉経後の乳がんが増えています。なんと日本人の5倍。男性の前立腺がんも5倍です。なぜでしょう。
人種の問題でしょうか。違います。アメリカに住んでいれば白人でも黒人でも黄色人種でもみんな乳がんになりやすくなるのです。そうです、「生活習慣」です。
閉経後、卵巣からの女性ホルモンにかわって、副腎(腎臓の上にくっついている小さな組織)からアンドロゲンという男性ホルモンが出ます。閉経すると身体がオヤジ化するのです。
先ほど地球上の生き物の中で人類だけが生殖年齢終了後も長生きする、その理由は子育てのためだといいました。子育てのためには授乳機能の維持が必要です。しかし閉経後は女性ホルモンがなくなって乳房はしぼみます。そこで、乳腺の中に「アロマターゼ」という転換酵素ができて、副腎から出たアンドロゲンをエストロゲンという女性ホルモンに転換し、乳房の大きさを維持したのです。
皮肉なことに、女性ホルモンは乳がんにとっても栄養となります。アンドロゲンが多く分泌される環境では、閉経後の乳がんが増えているのです。
ではどんな環境でアンドロゲンの分泌量が増えるのでしょうか。
1つにはアンドロゲンの材料となる血中のコレステロール値が高くなったときです。
コレステロールは細胞や血管やホルモンをつくる大切な栄養素です。そのためコレステロールを多く含む肉や乳製品を控えても、その量は常に一定になるように調節されています。血中のコレステロール値が高くなるのは生活習慣によって身体の細胞が傷ついているときです。
精製した糖質や悪い油は血管や細胞を傷つけます。それを修復するためにコレステロール値が高くなるのです。
2つ目にはストレスです。ご主人の看病や、ご両親の介護は大変なストレスです。それと闘うために「闘争ホルモン」であるアンドロゲンが大量に分泌されます。アンドロゲンは転換酵素のアロマターゼによってエストロゲンに転換されるのです。看病や介護が一段落してふと胸に手をやったときにしこりに気づくのです。