■非浸潤がんの治療

非浸潤がんで死ぬことはない!

がんは周囲の組織に「浸潤」つまり染み込むように広がり破壊する性質があります。これを「浸潤がん」と言います。しかし「非浸潤がん」は乳管外に浸潤せず、乳管の中に留まっています。遠隔転移も起こさないおとなしいがんですので、命に関わることはありませんが、きちんと取れば治るがんなので、見つかった時点で治療をすることをお勧めします。

1.非浸潤がんは増えているのですか?

非浸潤がん診断される患者さんの数は、この10年の間に5倍に増加し、検診で発見される乳がん全体の19~26%を占めています。その理由は、マンモグラフィーの検診数の増加および精度の改善によって、
●浸潤がんになる前の早期の段階で見つかった
●今まで見つからないまま放置されていたがんを見つけてしまうようになった
のいずれかと言われています。

2.非浸潤がんはどのように見つかりますか?

非浸潤がんは以下のようにして指摘されます。
検診で発見(60~70%) 検診でマンモグラフィーを取ったときに微小石灰化(小さな砂粒のような石灰化)を指摘されます。
自分で見つける(5~15%) 乳頭分泌(乳頭から血液が出て気づく)、しこりを触れる、パジェット病(乳輪になかなか治らない湿疹ができる)によって見つけます。
生検時に発見
(10%) 良性と思って生検(組織を取って調べる)したときにたまたま見つかります。

3.検診で「非浸潤がんの疑い」と言われました。どうしたらよいのでしょうか?

マンモグラフィー(乳房のレントゲン検査)で石灰化を指摘されたとき 検診のマンモグラフィーで見つかる石灰化のほとんどが良性で、がんではありません。そのレントゲンを乳線専門医に診てもらいましょう。
乳腺専門医に「非浸潤がん」と言われたとき 非浸潤がんが疑われる場合は、必ず生検(針生検か外科的生検)で組織を調べましょう。確定診断されるまで手術を受けてはいけません。
生検で「非浸潤がんの疑い」と言われたとき 非浸潤がんの病理学的診断は難しいため確定診断がつかず、「疑い」と言われることがあります。経験のある病理専門家に再診断を依頼すべきです(信頼度5)。

4.非浸潤がんの手術を受けますが、乳房温存は可能でしょうか?

非浸潤がんは全乳房切除術と乳房温存術のいずれを選択しても生存率は良好です(信頼度3)。しかし、以下の理由で乳房全摘術を勧められることがあります。 取り残し 非浸潤がんに対する乳房温存術の45%で取り残しがあります(信頼度3)。大きく取らなければならない 非浸潤がんはマンモグラフィーに写っている微小石灰化領域を2㎝以上超えて広がっています。 局所再発率が高い 乳房温存術の局所再発率は15~60%で、全乳房切除術の2%未満より高率です。局所再発の約50%は浸潤がんです。

5.どうしても乳房温存術ができないのはどういうときですか?

がんの取り残しを防止するため、以下の場合は乳房全摘術が必要です。
断端陽性の場合 外科生検でくりぬいた試料のすべての断面にがんがあるとき。
病変が大きい場合 がんは石灰化を越えて広がっているため、大きな切除が必要です。
多発性のときや多中心性のとき がんがいくつもあるときや、乳房のあちこちにあるとき。

6.非浸潤がんで全摘が必要と言われました。同時再建は可能でしょうか?

非浸潤がんは取りきれば治るがんです。しかし取りきるためには全摘になることが多く、乳房形態の温存を希望するときは乳房再建が必要です。どんなにうまく再建しても、大きな傷が残ったり、乳頭・乳輪が人工的であったりすると人にばれてしまいます。非浸潤がんの手術として皮下乳腺全摘術(乳頭・乳輪部を残し乳房全体を切除する方法)あるいは皮膚温存乳房切除術を受ければ、傷も小さく乳頭・乳輪も残すことができます(第3章参照)。皮下乳腺全摘術では乳房組織の10%~15%が取り残され、その約3分の1に局所再発が起こると予測されますが、乳房温存術の局所再発率15~60%よりははるかに安全です。さらに、同時再建を受ければ乳房の喪失感も生じません。

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7.非浸潤がんの手術のときに脇の下のリンパ節を取る必要はありますか?

非浸潤がんはリンパ節に転移しないので、非浸潤がんであることが術前に確定しているときは腋窩郭清の必要はありません。また他の臓器にも転移しないので、全身の転移の検査も必要ありません。


8.非浸潤がんが乳房温存術で取りきれました。術後の放射線療法は必要でしょうか?

乳房温存術後の局所再発は放射線療法によって減らすことができます(信頼度1)ので、通常放射線療法を施行します。ただし、それによって局所再発がなくなることはありません。
以下の場合は放射線療法が省略される可能性があります。
●病変が小さい場合。
グレードが低くコメド壊死がない場合。
●断端陰性であることが明らかな場合。


9.非浸潤がんは反対側の乳房にもできると聞きましたが?

対側乳房に非浸潤がんを認める確率は19%です(信頼度3)ので、対側の検診も大切です。予防的に対側の乳房を全摘する必要はありません。両側性の非浸潤がんを認めるときも可能であれば乳房温存術を行います。


10.非浸潤がんの再発予防のために抗がん剤は必要でしょうか?

非浸潤がんは生命にかかわるがんではないので、術後に化学療法(抗がん剤)を行うべきではありません(信頼度5)。ホルモン療法の内服で局所再発率が低下するという報告はありますが、生存率には関与しません。
非浸潤がんの診断と治療(図)
            図5-1 非浸潤がんの診断と治療


ワンポイントアドバイス
(非浸潤がんを放置したら通常の浸潤がんになるのか?
乳がん以外の原因で亡くなった女性を解剖してみたところ、何とその16%に非浸潤性乳がんが発見されました。つまり非浸潤がんは気づかずに放っておいても大丈夫なものもあるということです。 確かに乳房全体にかなり広がったがんを取ってみたところ、すべて非浸潤がんでどこにも浸潤がんが見つからないことがあります。この場合、非浸潤がんはいつまで経っても非浸潤がんと言えそうです。その一方で、そういう非浸潤がんもしばらくすると局所再発することがあります。それを取ってみるとしばしば浸潤がんが見つかります。このことは、非浸潤がんを放置すると浸潤がんになると言えそうです。 非浸潤がんを取ってみると、中に浸潤がんの部分が見つかることがあります。これは非浸潤がんが放置されて浸潤がんになったとも、浸潤がんの周囲に非浸潤がんが広がったとも考えられます。しかし非浸潤がんと浸潤がんがたまたま一緒に発生したと考えると、非浸潤がんから浸潤がんに変わることはないとも言えます。結局、非浸潤がんを見つけてもすぐに手術をせずに、何年もの間、検査を繰り返し、何年目の時点でどれだけ浸潤がんが見つかるかという医学実験をしない限り、この疑問に決着をつけることはできません。しかし、取れば必ず命が助かるがんを取らずに放置する人体実験は倫理的に問題があります。 そのため、非浸潤がんは治療をするというのが国際的なコンセンサス(統一見解)になっています。

乳がん・乳房再建コラム

著者:ナグモクリニック東京 総院長・理事長 南雲 吉則

がんという名のついた前がん状態

タイは魚の王様です。日本ではその鮮やかな色と「めでたい」という語感から、祝い事に欠かせない高級魚です。

タイと名がつけば高く売れるものですから、その名にあやかってタイと名のつく魚はアマダイ・イシダイ・キンメダイ・フエフキダイなど日本近海だけでも二百種を超えます。しかしそのうちタイ科に分類されるのは十数種にすぎません。

さて、がんには欠かせない2つの性質があります。浸潤と転移です。浸潤とはしみ込むように周囲の組織に広がること、転移とはリンパ管や静脈の中にがん細胞が入って全身に広がることです。そうしたがんを浸潤がんといいます。

しかしがんと呼ばれているにもかかわらず浸潤も転移もしないものがあります。それが非浸潤がんです。

乳がん以外の原因で亡くなった女性を解剖したところ、なんとその16%に非浸潤性乳がんが発見されました。つまり健康そうな女性でもよく調べれば非浸潤がんが見つかる。調べないでおけば非浸潤がんは死ぬまで気づかれないことがあるということです。

またある患者さんは超音波検査で影があり、針を刺して組織を取ってみたところ非浸潤がんと診断されました。しかし手術を拒否して定期診断だけを受けています。その後も2度針を刺してみましたが、いずれも非浸潤がんで浸潤がんにはならず、いまだに元気です。本人はサメの軟骨が効いたといっていますが、実は、ほうっておいても浸潤がんにならない非浸潤がんもあるのです。

その一方で非浸潤がんを手術で取ると、浸潤がんが見つかることがあります。これは非浸潤がんの一部が浸潤がん化したと考えられます。また非浸潤がんを手術したあとの局所再発の半分は浸潤がんです。こうした事実から、非浸潤がんを放置すると浸潤がんになることがあるといえます。

毎年検診をしていて浸潤がんが見つかった。あとからマンモグラフィを見直してみたら非浸潤がんが以前からあった、ということもあります。

非浸潤がんと診断されて手術をしないのはロシアンルーレットのような危険な賭けです。今きちんと取っておくことが標準治療です。

著者:ナグモクリニック東京 総院長・理事長 南雲 吉則

非浸潤がんで全摘といわれて

私が研修医のとき、胃潰瘍はなかなか治らず、しばしば命にかかわる病気でした。そのため胃を3分の2から全部取ることが一般的でした。ところが最近は胃潰瘍の薬がよく効くようになり、胃を取ることは少なくなりました。

もし胃がんの疑いがあるといわれたら、命だけでも助かるために全摘もやむをえないと思うでしょう。しかし、たかが胃潰瘍で全摘といわれたら、ほかに治療法がないのか最後までくい下がるはずです。

乳房の非浸潤がんは0期のがんです。浸潤も転移もしないためほぼ100%命にかかわらない、いわば「前がん状態」です。0期といわれてほっとしたのも束の間、全摘といわれて納得できない方は多いはずです。しかしこれには理由があります。

がんは乳管の内側の粘膜(上皮という)にできた小さなポリープから始まります。浸潤がんは一気に乳管の壁を突き破って周囲の組織にしみ込むようにしこりをつくります。

ところが非浸潤がんは乳管の壁を突き破る力がなくて乳管の中を行ったり来たり右往左往します。しこりをつくらないために、気づいたときには乳房全体にアリの巣のように広がっていることが多いのです。

そのため小さく取る乳房温存術では45%に取り残しがあり、将来の局所再発率は最高で60%、放射線をかけても20%と、乳房全摘術の3~6%未満より高率です。しかも局所再発の約50%は浸潤がんで、今度は命にかかわります。

前がん状態で全摘といわれても納得できないでしょうが、今きちんと取っておけば命にかかわらないのですから、広がり方によっては全摘もやむをえません。

ただしほぼ100%生きられるのですから、これからの人生を考えた手術を受けなければなりません。小さな傷から乳頭・乳輪を残して乳腺を全部取り、同時にシリコンできれいに再建をする皮下乳腺全摘・同時再建をお勧めします。