乳がん・乳房再建コラム(乳がんの診断)
集団検診と精密検査
「毎年検診を受けて異常がないといわれてきたのに、今年になって1cmの乳がんですといわれました。がんはそんなに急に大きくなるものでしょうか、または見落としでしょうか」というような質問をよく受けます。
細胞は倍々に増えていくとお話ししました。10回分裂するごとに数と体積と重さは10の3乗、すなわち1000倍になり、1辺の長さは10倍になります。
細胞1個の大きさは10ミクロン、つまり0.01mmですから、がん細胞が10回分裂し0.1mm。20回分裂して1mm。これでは見つかりません。30回分裂して1cmになったときに見つけるのです。40回分裂したら10cm。これでは助かりません。
つまり去年の時点では小さすぎて見つからなかった。でも今年検診を受けなければ。 10cmになっていたかもしれない、ということです。
もう1つ、集団検診の目的は容疑者を見つけることです。犯人を取り逃がさないために少しでも可能性のある人を何十人もピックアップします。乳がんの疑いといわれたからといってあわてる必要はありません。そのほとんどは無罪だからです。
これに対して精密検査の目的は真犯人を見つけることです。犯人を確定するためには、DNA鑑定のような手間のかかることをします。
あなたの受けていたのがもし集団検診だとしたら、見のがされたとしても文句はいえません。それに文句をいい出すと、検診でひっかける容疑者の数を十倍にも百倍にも増やさなくてはいけなくなり、無実の罪に問われる人が非常に多くなります。それを精密検査で白黒つけるためには、片っ端から針を刺して組織を調べなくてはいけません。
「それはわかる、しかし自分のことだけは見落とさないでほしい」と思うなら自己検診をすることです。お風呂に入ったときタオルやスポンジで洗わずに、手のひらで全身をなで洗いするのです。毎日、自分の乳房をよくさわっていれば、変化があれば気づくはずです。
しこりがあったときは乳腺専門医のところに行って精密検査を受けてください。
間接診断と直接診断
犯人と断定する方法には「状況証拠」と「物的証拠」の2つがあります。 防犯カメラに写っていた画像や目撃者の証言、勤機の有無から間接的に推定するのが 状祝証拠。 指紋や血液型、最近ではDNAを鑑定して個人を特定するのが物的証拠です。 名刑事になると証拠が見つかる前から犯人の察しがつきます。しかしそれだけでは逮捕することはできません。証拠集めが必要なのです。
同じように名医になれば手でしこりにふれるだけでがんかどうか察しがつくのですが、 それだけでは確定診断になりません。X線や超音波で写った影を見て状況証拠を集めないといけません。これを間接診断といいます。 しかし影絵を見てキツネだと思っていたら人の手だったということもあります。これだけでは真犯人とは断定できません。物的証拠が必要です。
昔はしこりの部分を手術で切り取って、病理医が鑑定して乳がんかどうか診断していました。これを外科生検といいます。もしそれががんで取り切れていれば、乳房温存術にもなります。しかし取ってみたら単なる脂肪のかたまりということもあります。 このときは痛い思いをして大切な乳房に傷をつけてしまったことになります。
今では身体にメスを入れなくても、注射針で細胞を取る細胞診、局所麻酔してもっと太い針で組織を取る針生検、レントゲンや超音波で見ながらさらに太い針で組織を吸い取るマンモトームなどの方法があります。これを直接診断といいます。 DNA鑑定で犯人といわれたら言い訳ができないように、直接診断である病理診断で乳がんといわれたら、間違いなく乳がんです。
裁判で真犯人と判決を受けても、不服があれば「控訴」しますよね。病理診断で乳がんと診断されても信用できないときは、病理の標本を借りてほかの病理医に再鑑定してもらうしかないでしょう。
細胞診と組織診
自動車はエンジンやバッテリーやボディなどからできています。エンジンはさまざまな部品から、部品はさまざまな材質からできています。
私たちの身体もさまざまな臓器でできています。乳房も臓器のひとつです。
臓器は組織によってできています。乳房は皮膚・皮下脂肪・乳腺などの組織によってできていて、乳腺は母乳をつくる小葉と、それを乳首まで運ぶ乳管という組織に分かれます。
それぞれの組織はそれぞれの細胞によってできています。
細胞を取って調べるのが細胞診です。細胞の顔つきを見れば、その細胞が悪性か良性かがわかります。顔つきを5段階に分類して、ⅠとⅡは良性、ⅣとⅤは悪性、Ⅲはどちらともいえない灰色。さらにⅢaは良性寄り、Ⅲbは悪性寄りということになります。
しかし細胞診だけでは胃がんなのか乳がんなのかわかりません。どこからか転移してきたがんなのかもしれません。
そこでがんの疑いがあるときは、針生検やマンモトームといった組織診を行います。
組織診はがんの確定診断のほかに、がんが小葉からできた小葉がんか、乳管から生まれた乳管がんかがわかります(ほとんどは乳管がんです)。
また乳管や小葉の壁の中にとどまっている非浸潤がんか、壁を突き破って周囲に浸潤した(しみ込んだ)浸潤がんかがわかります。
非浸潤がんならばリンパ節転移や遠隔転移(肺や肝臓や骨への転移)を起こさないかわりに、乳管の中に広がっていることが多いので、全摘が必要になることがあります。
浸潤がんならば、グレードといってがん組織の顔つきもわかりますし、リンパ管侵襲・ 脈管侵襲といって、がん組織のリンパ管や血管の中にがん細胞があるかどうかもわかります。ホルモン療法が効くか、ハーセプチンという分子標的薬が効くかも判明します。
こうした情報は、薬物治療を術前・術後のいずれにするか、するなら抗がん剤かホルモン療法か分子標的薬かを決めるうえでなくてはならない情報です。
たくさんの情報を集めて最も効果的な治療法を決定する。そのうえでも、組織診は不可欠なのです。組織診の結果が出たら必ずコピーをもらいましょう。
線維腺腫
お相撲さんが横網に昇進したとき「謹んでお受けいたします、〇〇〇〇の決意で精進します」と言って四字熟語を使って挨拶をしますね。私も四字熟語が大好きです。
四字熟語の中でも、見てもほれぼれ、書いてもうっとりするのが、「線維腺腫」という病名です。へんもつくりも似通っていて規則的で、書道の心得があれば額にかけて飾っておきたい気持ちです(わっかるかなー、わっからないだろうなー)。
さて、この腫瘤は若い女性に多く、丸く弾力があって、くりくりとよく動きます。 がんになることはないので、小さければ取る必要はありません。しかし、女性ホルモンを栄養にしてだんだん大きくなります。大きくなってから取ると傷も大きくなるので、急に大きくなってきたものや、すでに大きいものは早めの切除をお勧めします。
小さいものは乳輪のへリから取れば傷が目立ちません。さらに最近では乳房に傷をつけずに脇の下から取ることもあります。いろいろ工夫してますねえ。
さて線維腺腫の兄弟分に葉状腫瘍があります。形が葉っぱ型なのではなく、顕微鏡で見たとき葉っぱのような模様に見えるのでこう呼ばれています。
昔は「葉状肉腫」と呼んでいました。肉腫は粘膜以外にできた悪性腫瘍のことです。
脂肪肉腫、骨肉腫、筋肉肉腫などがあります。しかし葉状腫瘍はほとんどが良性なので肉腫という呼び方は正しくないですね。そこで、良性のときは葉状腫瘍、悪性のときは悪性葉状腫瘍と呼んでいます。
しかし良性でもその成長は驚くほど早く、数カ月様子を見ているうちに何倍にも大きくなります。あるときクリニックを訪れた患者さんが何かを抱いているので、子どもかと思ったら、なんと巨大化した葉状腫瘍だったことがあります。
また、しこりのくりぬきだけでは非常に再発しやすく、取っても取っても再発して、手に負えなくなって当院に紹介された方もいます。
このように良性の割にやっかいなのが葉状腫瘍です。大きいものは皮下乳腺全摘・同時再建をお勧めします。
乳腺症とは
葉状肉腫の名前が適切でないという話をしましたが、ほかにも困った名前があります。
乳房の手術をしたあと、アンダーや二の腕の内側に引きつれができることがあります。
特に手を上げたときに1本の筋のように突っ張って、押すと鈍い痛みがあります。発見者の名を取ってモンドール病と呼ばれていますが、一時的なリンパ管の炎症で、何もしないで様子を見ているうちに自然に治ってしまいます。
しかし、名前に「病」という字がついているので、診断された患者さんはびっくりして、何か治療が必要なのではないかと大騒ぎします。私なら「モンドール徴候」と呼びますがね。
そこへいくと乳腺症はいいですね。乳腺症とは野菜でいうと鬆が入った状態、キュウリや大根が筋張って中に空洞ができることがあるでしょ。乳腺も女性ホルモンの影響を受けていますので、ホルモンがアンバランスになると筋張ったり空洞ができたりします。
筋張った状態を「線維化」といい、空洞ができた状態を「嚢胞」といいます。そのため別名「線維囊胞症」といいます。
乳腺症も昔は前がん状態だと思われていて、よく切除したものです。確かに乳腺症のある人は普通の人より3倍乳がんになりやすいといわれています。しかしその原因はホルモンですから、あっちこっちがしこります。両方に出ることもありますし、いつの間にか消えることもあります。
ですから切って治るものではありませんし、切ったところとは違うところががんになることもあるでしょう。そこで今は切らずに検診で様子を見ます。
「名は体をあらわす」というのですから、病気で治療が必要なのか、そのまま経過を観察していればいいのかがわかるように、もっと適切な名前にしてもらいたいものです。
乳がんの自己検診法
「鬼も十八、番茶も出花」といいます。醜い鬼も年ごろになればそれなりに美しく見え、 粗末な番茶も湯を注いで出したばかりは味わいがいいという意味だそうです(女性に対しては失礼な表現ですが)。その一方で「25歳はお肌の曲がり角」ともいいます。25歳を過ぎると肌のみずみずしさも失われてくるということです。
肌や粘膜のみずみずしさをつかさどっているのは女性ホルモン。閉経を迎えて性ホルモンがほとんど分泌されなくなると、皮膚や粘膜が乾燥して「乾燥性皮膚炎」「乾燥性結膜炎」「乾燥性口内炎」「乾燥性腟炎」となります。
あなたはお風呂に入ったとき身体を何で洗っていますか。ナイロンタオルですか、スポンジですか、それともシルクの手ぬぐいですか。それをゆすぐと垢がいっぱい浮くでしょう。あれを汚れと勘違いしている人が多いのですが、実は皮膚の保護膜です。
私たちの肌は「皮脂」「角質」、そして「善玉菌」で守られています。それをごしごし洗えば保護膜がなくなるので、冬場なら寝る前にかゆくなって、かくと白く粉を吹いたようになる。それを「乾燥性皮膚炎」、またの名を「老人性皮膚炎」といいます。
ナイロンタオルは垢がよく出るのですが、長い間使っているうちに背中がざらざらになって毛穴が黒ずみます。これを「摩擦黒皮症」、またの名を「ナイロンタオル黒皮症」 といいます。人の肌はこすればこするほど身を守るために角質を厚くするのです。足のこすられたところにタコとか魚の目ができるのと同じことが起きるのです。韓国垢すりもたまにはいいのですが、いつも皮膚が赤くなるほど垢すりをすれば、同じように角質が増殖して肌が黒くなります。
こうなったときは保湿が肝心です。保湿にいちばんいい脂はなんでしょう。コラーゲンや馬の脂がいいとかいいますが、もっとよいものがあります。それは自分の脂。つまり洗いすぎないのがいちばんなのです。
そこで、25歳を過ぎたら肌を洗いすぎないようにしましょう。手のひらでなで洗いをするぐらいがちょうどよいのです。さらに1年365日、なで洗いをしていると、胸や脇の下にしこりを見つけることもできます。これが乳がん検診になるのです。つまりなで洗いは肌の若返りと乳がん検診の一挙両得、一石二鳥です。